「内向型人間のすごい力」を読んで人生を振り返る

スーザン・ケイン著「内向型人間のすごい力」という本を読みました。
面白いと思った部分を、自分の経験を交えて引用していこうと思います。

練習はひとりでするものじゃないの?

中学生の頃、ギターにのめり込んでいた私は、ギターを触ったこともないクラスメイトに言われました。
「今度、ギター教えてよ!」
そんなの、ギターと教本買って自分で練習するだけじゃないのか?案の定、彼とギターや音楽について語り合うことはありませんでした。

これまで会った発明家やエンジニアの大半は僕と似ているー内気で自分の世界で生きている。

もしきみが、発明家とアーティストの要素を持ったたぐい稀なエンジニアならば、僕はきみに実行するのが難しい助言をしようーひとりで働け。独力で作業してこそ、革新的な品物を生みだすことができる。委員会もチームも関係なく。

p116、スティーブ・ウォズニアックの自伝から引用

昨今では技術の規模が大きくなってしまい、独力で達成しうるイノベーションの機会は失われつつあるように思いますが、実際、独力による練習や学習には効果があるようです。

バイオリン専攻の学生を3つのグループに分けた。第一のグループは、将来世界的なソリストになれるほどの実力を持つ学生たち。第二のグループは、「すぐれている」という評価にとどまる学生たち。第三のグループは演奏者にはなれず、バイオリン教師をめざす学生たち。そして、全員に時間の使い方について同じ質問をした。
その結果、グループごとに驚くべき違いがあることが判明した。3つのグループが音楽関連の活動にかける時間は同じで、週に五〇時間以上だった。課題の練習にかける時間もほぼ同じだった。だが、上位の二つのグループは音楽関連の時間の大半を個人練習にあてていた。

p128、心理学者アンダース・エリクソンの実験

練習にかける総時間は同じ、というのが興味深いですね。

つぎつぎにさまざまな趣味や活動に興味を持つ外向型と違って、内向型はひとつのことに打ち込むことが多い。これは彼らにとって重要な長所である。なぜなら、自尊心は能力に由来し、その逆ではないからだ。ひとつのことに強い愛着を持って没頭することは、幸福と恩恵へと通じる確実な道だと立証されているのだ。才能や興味を育むことは、子供にとって大きな自信の源になりうる。

p420

小さい頃から、他人にはできない特技を持っていることが、自分が必要とされる条件だと思っていました。いまは、秀でたところが無ければ価値が無いとまでは思わなくなりました。しかし、そう思っていたときに身に着けた能力や、周囲を見渡して必要とされるであろう役割を見つけられる素養は、いまもとても役に立っています。

開放的なオフィスは誰のため?

中学生の頃、私はテレビとラジオを同時につけながら勉強をしていました。いまでは音楽を聞いていると読書の気が散るようになってしまい、当時はなぜそんな芸当ができたのか不思議なくらいです。

外向型の人と内向型の人に単語ゲームをするように指示する。ゲームは難しく、試行錯誤を重ねて、鍵となる原理を見つけなければならない。その最中に、ランダムに雑音が聞こえてくるヘッドホンをつける。ヘッドホンの音量は自分にとって「最適な」レベルに合わせるように言われる。その結果は、平均して、外向型の人は七二デシベル、内向型の人は五五デシベルだった。

p199

集中力の高まる環境ノイズの音量は人によって異なる、ということですね。私の職場は例によって大部屋のオフィスですが*1、今後さらなる大部屋化を計画しているようで…どうなることやら。

コミュニケーション能力ってなんなの?

私は小学校や中学校でしばしば学級委員の役割をあてられていました。学級委員というと、クラス会を取りまとめたり、体育祭や合唱コンクールなどの行事を先導するために、人前に立つことが多くあります。
一方、休み時間はひとりやふたりで過ごすことが多く、休みの日には一日中部屋にこもって絵を描いたりパソコンをいじったり楽器の練習をしたりしていました。このため、役割としてリーダーを演じることはできても、クラスの中心にいる人気者になることは、自分には向いていないと感じるようになりました。

外向型のふるまいがとくに上手な内向型は、「セルフモニタリング」と呼ばれる特質の得点が高いことがわかった。セルフモニタリングがうまい人は自分の言動や感情や思考を観察して、周囲の状況から必要性に応じて行動をコントロールできる。

彼らは郷に入れば郷に従うのだ。

p338

成長するにしたがい、自分の性格を受け容れながら、求められている役割を演じることができるようになっていきました。一方で、就職活動をはじめとして外交的な振る舞いが評価される状況を目の当たりにすると、自分の「コミュニケーション能力」の低さに失望することも多々ありました。

心から大切に思っている仕事を進めるために外交的にふるまっているのであって、この仕事が終われば本物の自分に戻ってゆっくりできる、そう自分に言い聞かせることもない。それどころか、心のうちで、自分ではない人間になることが成功への道だと言い聞かせていたのだ。これではセルフモニタリングではなく、自己否定だ。

p346

自己を見失っていた頃の自分に言い聞かせたいですね。就職活動では、あえて外交的に装わないことで、不必要に社交性を求められる職場からお祈りされる戦略を取りましたが、これは上手くいったと思います。

回復のための場所を見つけるのは、簡単とはかぎらない。土曜日の夜、あなたは暖炉のそばでゆっくり読書していたいのに、配偶者が大勢の仲間と食事に行きたいとしたら、どうすればいいのだろう?電話セールスの合間にはひとりで自室に閉じこもりたいのに、会社が職場をオープンオフィスに改装したら、どうすればいい?もしあなたが自由特性を実践しようとすれば、家族や友人や同僚の助けが必要だ。リトルはそれを「自由特性協定」を結ぶことと呼んでいる。

p352

一人暮らしをしている期間も長くなってきたので、身近な人との関係の保ち方はこれからの課題だと思っています。
また、大人なって共通のバックグラウンドを持たない人々との「世間話」を求めらる機会が増えてきました。

一般には、初対面の人と話をするとき、おたがいにリラックスするためにちょっとした無駄話をしてから、本題へと入っていくものだ。敏感な人々は、その逆を実践しているようだ。

p246

この特性を自覚しておくと、少し楽になれそうです。

これからの人生のために

私は「浮き沈みがなくて安定している」と評されることが多いですが、自分の中ではかなり大きな感情の波があると思っています。

セリアの問題は感情が欠けていることではない。コントロールを失わずに感情を表現することができないのだ。

まるで彼女は二つのギアを持っているかのようだー感情を溢れさせるギアと、超然とした冷静沈着さのギアと。

p369

感情を顕にしまいと思うがために無口になってしまいがちなので、うまくバランスを取っていきたいですね。

内向型の子供のためにあなたができる最良のことのひとつは、新しい体験に対応するのを助けてやることだ。

彼(彼女)は、人間との接触を恐れているのではなく、目新しさや過度の刺激によって不安を感じているのだ。

p400

私の両親はこの点、とても上手く育てくれたと思い感謝しています。当時は、放ったらかしで愛情が無いとふさぎ込むこともありましたが。私も子供をもつ機会があれば、同じように見守ってあげたいと思います。

過去の挫折体験をどのように語るかは、現状にどれほど満足しているかに大きく影響される。現在が幸福でない人は、過去の挫折を否定的に語る傾向が強く(たとえば「妻が去ってから、僕はすっかり変わってしまった」)、前向きに生きている人は過去の挫折を「一見すると不幸に見えて、じつはありがたいもの」として肯定的に語る傾向がある(たとえば、「離婚はなによりつらい体験だったけれど、再婚した妻との暮らしはもっと大きな幸福をもたらしてくれた」)。

p428

肯定的に語る人が幸福になるのか、幸福な人が肯定的に語るのか、因果がどちらにあるか定かではありません。私は「そのときどきの最善の選択の積み重ね」であると思っているので、過去は肯定的に捉えています。もし今後、過去を否定的に捉えることがあれば、いちど立ち止まって考え直してみたいと思います。